カントの現象概念(カントの現象と物自体)には、感性と悟性(知性)という要素が深く関わっている。
カントに先立って近代認識論の祖といわれたJ・ロックは経験論的な発想を取った。
我々の心は最初は全く白紙であり、のちに心に存在するようになるすべてのものは経験からやってくる、というものである。
それに対してG・ライプニッツは合理論的発想を主張した。
知識は外部の感覚から得られたもののみから成り立っているのではなく、
心は存在、同一、原因、推論などの生まれながらの原理や能力を有しており、
だからこそ認識が成立する、と考えた。
カントは両者を批判的に継承する立場をとり、感性と悟性はそれぞれ異なる能力であり、この両者が協働してはじめて対象についての認識が成立すると考えた。
カントによると、直観的な経験は「質料」と「形相(けいそう)」という二つの要素を含んでいる。
「質料」は、感性によって世界から受動的に与えられる感覚的な内容である。
一方「形相」は、それを空間と時間の関係において捉えるための形式である。
空間や時間は物自体の性質ではなく、人間の感性に備わった認識形式である。私たちはこの形式を通してのみ現象を直観できるため、物自体が空間的・時間的にどのような在り方をしているのか、あるいはそもそもそのような性質を持つのかを認識することはできない。
一方、現象の世界においては、空間と時間は経験の成立に必要な共通の形式であるため、経験的な客観的妥当性を持つ。
しかし、それだけでは対象についての認識は成立しない。感性によって与えられたものを、悟性が概念によって統一する必要がある。
そのための根源的な純粋概念が、12のカテゴリーである。
1.分量
単一性、数多性、総体性
2.性質
実在性、否定性、制限性
3.関係
付属性と自存性、原因性と依存性、相互性
4.様態
可能と不可能、現実的存在と非存在、必然性と偶然性
カントは、これら12のカテゴリーが、悟性に属する根源的な純粋概念を網羅していると主張した。
また、この経験と表象において、「私は考える」という意識は全ての表象に伴いうるものでなくてはならない。
これを純粋統覚、あるいは超越論的統覚と呼び、経験的な自己意識である経験的統覚から区別する。
悟性の持つ統合の能力は、認識の成立それ自体に関わる。
カントは、この統覚の総合的統一という原則こそ、人間の認識全体の最高原理であると主張した。
参考文献
- 黒崎政男『カント「純粋理性批判」入門』、講談社、2000年
- 序章『すべての哲学が失敗した理由』 p32
- 第2章『「純粋理性批判」見学ツアー』 p105
- 関連: カント「純粋理性批判」入門