私が生きることについて真剣に考えたいと思うようになった経緯についてまとめてみる。

きっかけは、幸せに関する素朴な疑問だ。
現代の豊かな社会では、生命の危機に瀕することは非常に少ない。
他の生物に襲われることも、子どものうちに病気で死ぬことも、
不作で飢えることも、少なくとも一万年前に比べればはるかに少なくなった。
少なくとも昔の人類からすれば夢のような環境だ。

であれば、そのような恵まれた環境で、なぜ私たちは必ずしも幸せではないのだろう。
先人たちが必死に築いた環境の中で、
なぜ幸せになって満足し穏やかに生きることができないのだろう。

折しもその頃は日々の生活も順風満帆とはいかなかった。
大きな問題があったというわけではないが、
仕事では相応のストレスを抱え、
将来には漠然とした不安を持ち、
他人がもっと上手くやっているのに焦り、
他者や社会の視線や評価を気にしながら、
ただがむしゃらに目の前の生活に取り組んでいた。

最悪のケースでも生命の危機はまずないような話なのに、
こんなにも不安に苛まれている。
栄養も健康も十全に確保できているのに、
一向に満たされない。
そんなはずはない、きっと何か解決策があるのではないか。
きっとこの豊かな環境に見合った、穏やかで満たされた日々を送る方法があるのではないか。
それが本気で生きることについて考え始めたきっかけだった。

こうした問題は、必ずしも向き合って答えを出さなければいけないものではない。
日常の中で不安はなるべく解消し、満たされなければもっと手に入れられるようにする。
生きることについてはいったん置いておいて、もし状況的に必要になったら必要な分だけ考える。
そのほうが一般的だし、きっとそれでも構わない。

だが、個人的な性分として、
こうして気になってしまった問題については自分なりに納得できる答えを目指したい。
生き方や考え方を変えることで、より穏やかで満たされて生きられる可能性があるのであれば、
それをできるだけ目指してみたい。
何より、それを考えないまま漠然と過ごし、最後まで納得できずに後悔して終わるのは避けたい。
そういった動機から始めたのがこのノートとなっている。

願わくば、同じような課題や考えを持つ人にとって、多少なりとも助けになりますように。